いのりの四国遍路

自分や他の人の、苦悩やこころの疲れを癒す力を求めて四国を巡る、お遍路の臨み方や祈り方について考えてみます。

サイト名称を変更 2020.10.16
( 旧 :「いまここお四国」)

お遍路の心得

これまでの私の「走り遍路」の経験から、「何となくお遍路をするのではもったいない。やるならしっかりやろう!」と感じるところがあって、“何のためにお遍路をし、どのような気持ちで臨むのか”をあらかじめ整理しておくことにしました。
そして、これまで「走り」にこだわってきましたが、より良く生きることに対するお遍路の効果を検証するために、今後はより丁寧に急がず巡ることにします。
なお、「走り」が性に合っているので、走って巡るというスタイルは変えません。

(本サイトの掲載内容は、加筆や修正などを随時行います。)

人生の拠り所

近年、オレオレ詐欺など、弱者を平気でだますような犯罪が目立ちます。また、匿名性を利用したSNSでの誹謗中傷などの悪意ある行為も多発しています。

ひと昔前なら、「誰がやったかバレなくても、神さまやお天道さまはちゃんと見ているのだから、悪いことはしてはいけない」という道徳感が多くの人にあったと思うのですが、今や大人も子供も、そんなことを考えなくなったのかもしれません。

そういう中で、現代人の人生の優先事項は“自分”や“お金”のことであり、国家レベルでも“国益(自国第一主義)”や“経済(経済至上主義)”であるように思います。このような自己中心的な考え方や儲け主義では、いつまでたっても世界平和は実現しません。
いまだに軍事に多額な経費を掛けていることが、人類の愚かさを物語っています。

一方、この宇宙は、人間も含めて、何かの意志によって創造されたものと考えられます。そして、人間が優位することなく、創造されたものすべてが調和し、大切にされることを期待していると思います。人間にはそれを可能にする能力も備えられていますが、他のことに向いています。

この宇宙の創造主を「神」と呼ぶならば、神の意向に沿って生きることが、正しい生き方だと言えます。
文明が発達した社会にあって、科学的根拠のないことを受け入れることには抵抗があるかもしれませんが、そもそも科学的に解明されていることは氷山の一角に過ぎません。
私たちは物質世界に存在していますから、物質的な価値観にとらわれていますが、この世にあるのは物質世界だけではありません。真理に即して生きるならば、本質的な高次元の世界を意識する必要があります。

また、物質的に恵まれることで今を楽しく生きられるかもしれませんが、魂の成長(人間の進化)には直結しません。魂の成長に反映されるのは物質的なものではなく、どんな経験を積んだかです。悪いことをしたら悪いことの、良いことをしたら良いことの業(カルマ)が今後現れます。
神は、自己中心的な生き方ではなく、徳を積むような生き方に、この上ない喜びや幸せが感じられるように人間を創造しています。このことが来世にも引き継がれて、求められる人間へと進化していくのです。
今こそ、自分の生き方の拠り所を“神仏”とする必要があるではないかと思います。

空 (くう) と般若心経

一般的な参拝は手を合わせてお願い事をする程度と思われますが、お遍路では“般若心経を唱えて札所を巡る”こととなります。

般若心経は日本で最もよく唱えられているお経と言われています。仏教の主要な教えである「空」の思想は、簡単に会得し得ないところもありますが、般若心経に掲げる真言(般若波羅蜜多の呪)によって「空」の境地に意識が高められることで、“苦” (思うように生きられない不自由さ) から解放されるという、何とも有難いお経です。
そして、このお経を信じて深く修行するならば、悟りを得て、何事も自由自在になし得る不思議な力(神通力)さえ身に付くとされています。

般若心経の解釈について、「すべての事物には実体はない」と説明することに「空」が充てられるのが一般的なとらえ方となっているのですが、正確に言うと、人間が認識している現象世界とは別に、実体なる「空」という高次元の世界があり、その境地からすると、現象世界には実体がないということだと私は思います。
つまり、「色即是空、空即是色」を「形あるものは実体がなく、実体なきことが形あるように見えている」などと意訳するのではなく、「形あるものは本質的には『空』であり、本質である『空』が起こす現象を形あるものとして人が認識している」とする方が正確です。
般若心経にある「空」が“実体なきこと”を意味するとしてしまうのでは、あまりに「空」に重みが感じられません。そもそも「すべての事物には実体がないから、それらにとらわれるな」などと、どう生きればよいのかハッキリしない言い方をするのではなく、ズバリ、「低次元のことにとらわれずに、神仏の意識を持って生きろ」と言った方がわかりやすいのではないかと考える次第です。

この世には「空」の境地(*1)があり、そこには人が認識する現象世界(*2)の事柄はもはや存在しないことから、「空」の境地に意識を高めることで“苦”から解放されるのです。
般若心経は、現象世界に生きる人間に対して「空」を認識させるための方法の一つとして、真言たる“般若波羅蜜多の呪”を説いたのです。これまで実在しないと思っていたものが実在するとわかり、逆に、これまで実在すると思っていたこの世界が実在しないことがわかってきます。
(*1)本質世界:「空」の境地。虚空のように一切を包括し擁する根元的・全体的な世界。
(*2)現象世界:本来一体で無限のものが、個々別々な有限のものとして存在するように現れる縁起の世界。

個々の現象は本質的には虚空において包括されるように一つにつながったものだから、本来この世のすべてのものは“全体として一つの命”と言われます。
しかしながら、現象世界における個は、自らを絶対化するエゴ(利己主義)に支配されやすい面があります。エゴは“全体”に対して悪影響をもたらします。そうならないためには、個々が「空」の意識を持つ必要があります。
この世が良くなるためには、自分だけではなく、“みんなが一緒に” 彼岸へ渡らなければならないのです。【羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶】

平素の心の持ちよう

● 常に神を思い、神の意向を請い、それにしたがって生きます。

<解説>
このことで、様々な煩悩にとらわれなくなったり、心が平穏になったり、思考や言動が正しくなったりしますので、神を思うのと思わないとでは、自分が全く違います。
しかしながら、常に神を思い続けることを習慣づけるのは難しいです。
どうすればよいのか?
それも神に請うことです。何でも教えてもらうように習慣化すればよいのです。

(注) 神に請うと言いながら、ついつい頭で考えがちですので、神に深く集中する必要があります。

なお、神仏について私は今のところ、この宇宙の創造主たる、唯一絶対のもの(神)が存在して、その配下にさまざま神仏や守護霊などの諸霊があるととらえています。そして、人間の「魂」もこれらにかかわるものと考えます。

祈りの心の持ちよう

● 祈りは形式的に行うのではなく、願いが実現されることを深く意識します。
● 参拝や読経などは神仏を意識し、雑念を排して、集中して行います。

<解説>
祈りとは、神仏と同調し、神仏の力を得て、願いを叶えることです。自分の意識を神仏の境地(「空」の境地)に高めて、みんなが一緒に彼岸へ渡れるよう、神仏に祈りと感謝を捧げます。

意識の働きによって、物事は実現されると言われています。
そして、意識に言葉が伴うことで、思いが明確になります。次元の高い思いを言葉で表すのが祈りです。なお、エゴの意味合いを含む祈りは、穢れが深まることになりますので、避けるべきです。

また、祈りは必ず叶うと信じ、叶ったことをイメージして祈った方が良いと思います。般若心経の真言も、願いが叶ったときのことをイメージしたものとの見方もあります。【羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶】

平素から、清らかな、次元の高い言葉を使うことに心掛けることで自分が確実に良くなると思います。

般若心経は意味がわからなくても、唱えるだけで言霊や音の響きなどの効果で御利益があると言われていますが、今の私には理解できません。お経を唱える行為自体で神仏への意識が高まりますので、そのことによる御利益ではないかという気もします。

仏前勤行次第の内容は、お経も含めて漢文がたくさんありますが、読み下し文も併せて唱えるなどして、意味の把握に努めます。意味がわからないことを祈っても、祈りにはなりません。

【まとめ】お遍路の核心

この世が神の意向どおり(例えば、世界平和)にならないのは、人間にエゴがあるからです。

→ エゴがあるのは、人間に個別意識があるからです。

→ 個別意識があるのは、人間に別々の肉体があり、それが自分だと思い込んでいるからです。

→ 個別の肉体を持ちながら、全体意識を持つようにするには、エゴを抑えて、意識を神の次元へ上げます。


→ エゴを抑えるには、魂と肉体を切り離して、魂に肉体を従わせます。

こうして、神の意識を持つ魂によって、神の意向は叶えられます。

また、このことを通して人間は進化し、この世に生きながらに神仏となれるのです(即身成仏)。なお、もともと人間には神性や仏性がありますので、エゴに隠れているだけと言えるかもしれません。

<解説>
俗世は、人間を進化させるために、神が創造した学びの場とも考えられます。
そして、人間が欲望を持ち、煩悩に悩まされて生きているという状況が設定されたのかもしれません。その上で、いかにこれらと折り合いを付けて、人徳のある人になれるかという課題に取り組まされています。
一方、神も課題を与えるだけではなく、頼られればそれに応えられます。むしろ、頼って来ることを期待しているのではないでしょうか。

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参考

般若心経

般若心経
「経文」「読経 (動画)」「現代語意訳 (動画)」を掲載します。経文※ 神社や神棚など神前で唱えるときは、最初の「...

仏前勤行次第

仏前勤行次第
勤行次第は、各宗派にて、手順や内容に多少の違いがあるようです。また、四国遍路巡拝用として示されている勤行次第もあります...

四国八十八ヶ所霊場会の“お遍路の心得”

お遍路の心得 – (一社)四国八十八ヶ所霊場会

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公認先達申請

私の「四国八十八ヶ所 走り遍路」も今年1月に4巡を終え、四国八十八ヶ所霊場会公認先達の巡拝回数要件を満たすこととなりました。引き続き四国遍路のイメージアップに貢献したい気持ちであることから先達申請を行い、内定通知をいただきました。12月に公認先達となる予定です。

公認先達について – (一社)四国八十八ヶ所霊場会

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