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延命十句観音経

延命十句観音経えんめいじっくかんのんぎょうの「延命」とは単に“長生きする”という意味ではなく、“より良く生きる” “いのちの可能性を広げる”ということです。「延」を“伸ばす”と解釈するのではなく、“広げる”という意味合いでとらえると分かりやすいです。

観音さまは仏の一面である、衆生救済の慈愛を象徴する菩薩(観世音菩薩かんぜおんぼさつ)です。常に私たちを見守り、施無畏せむい(仏が衆生の恐れの心を取り去ること。観世音菩薩の異名)を行います。私たちに内在する仏性にもこのような一面が秘められているのです。

仏がいくら慈愛に満ちていても、この世の生活者自身が慈愛に満ちなければ、世界平和は実現されません。私たち人間にどのような使命が課せられているかは明らかです。人間が正しく生きるため、天命をまっとうするために必要な力は仏性として、既に自らに備わっています。このお経を一心不乱で唱えることによって自分の中からその力を引き出します。

延命十句観音経えんめいじっくかんのんぎょう

観世音かんぜーおん 南無仏なーむーぶつ
与仏有因よーぶつうーいん 与仏有縁よーぶつうーえん
仏法僧縁ぶっぽーそーえん 常楽我浄じょーらくがーじょー
朝念観世音ちょーねんかんぜーおん 暮念観世音ぼーねんかんぜーおん
念念従心起ねんねんじゅーしんきー 念念不離心ねんねんふーりーしん

【意訳(拙訳)】
観音さま、私は仏になります(即身成仏)。

私には、仏が与えた因が有る(仏性が有る)とともに、仏が与えた縁が有ります。
仏法僧
との縁による仏の教えの実践を通じて、常楽我浄の境地に至るのです。
朝な夕ないつも観音さまを念じます。
この念々によって自らの仏性を現し続けます。

【補足説明】
●《仏法僧》とは仏(仏)・その教え(法)・その実践者(僧)を表すものであって、この意として仏道修行とは仏の教えを実践するに尽きるということを含んでいます。
●《常楽我浄》とは涅槃の四徳であり、悟りの境地のあり様を表します。現世の真理は『無常・苦・無我・不浄』であるところ、これらを克服した先の涅槃の境地では『常・楽・我・浄』に至ることになります【諸行無常を離れて常住不変(常)、苦を離れて安楽(楽)、執着を離れて自由自在(我)、穢れを離れて無垢清浄(浄)】。迷いや苦しみ、穢れのない、自然の摂理に適った本来あるべき姿です。

《 YouTube参照動画 》
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