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人生試練と輪廻転生と「空」

「人生の試練を乗り越えて魂の格が上がると、来世はさらに格が上がるような試練が設定されるという輪廻転生の仕組みがある」という話があります。
そういえば、お釈迦さまは「人生は苦なり」と言われました。それはこういうことをも意味するのでしょうか!?

仮にこれが本当だとしたら、その試練から逃げてしまう人もいると思われますが、逃げてしまった場合は試練の困難度を落とすような形で来世に再度出直し設定がされるのでしょうか(その分試練を味わう輪廻転生回数も多くなる)?
いずれにせよ、解脱するまで試練が与えられ続けるこのような輪廻転生は嘘だと思いたい…
でも、それを受け入れて来世以降も生きる宿命ならば、試練から逃げるという選択肢は無いと言えます。

試練から逃げようとするのは、人間に「自分はとくらくをしたい」という《エゴ》があるからです。《自分本位》のエゴをなくすことで人間は《無執着》となり、試練を試練と思わず、生きていく上で当たり前に起きる出来事として淡々と受けて入れていけると思います。
このような境地を「空」というのかもしれません。

「空」には多くの解釈があります。“空”という言葉の意味が漠然とし過ぎるからでしょうか。“空”という言葉の意味にとらわれ過ぎると、それこそ「空」から離れてしまうような気がします。その漠然とした感覚だけを“空”という言葉から得るようにして、「空」の解釈を無理に言葉で表すことはしない方がよいとも思えます。
『事物に固有の本質はないが、そこに固有の本質があるかのような錯覚はある。それが錯覚にすぎないことと気づかせるために、「空」という否定的な響きのある言葉が選びとられた』とのナーガールジュナ(龍樹りゅうじゅ)の説にはナルホドと思いました(下記サイト参照)
つまるところ、頭で「空」を理解するようなことはホドホドにして、《「空」とは体得するものであり、体得されるものが「空」である》とするのが適当だと思います。

【参照サイト】真言宗智山派「総本山智積院」

空とは何でしょう? ―中観派の教えを学ぶ―
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