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祈りとは神仏に感謝し導きに従うこと

祈りの語源は「い+のり」とのことです。「のり」は「のる」を名詞化したもので、「のる(宣る)」を辞書で引くと「本来は、神や天皇が重大な事実を宣言する、また、みだりに言うべきでないことを表明する意」とありますので、一般人が口にするようなことではありません。このことから、神社参拝の本来の意味としては「日頃の神の意(導き)を祝福し感謝すること」となりそうです。
一方、現代の祈りは「願い」の意味合いが強いと思われますが、「願い」の語源は「ねぎらい」であることから、神仏に願うことの本来の意味は「日頃の神仏のご加護をねぎらい感謝すること」となります。
「祈り」にしろ「願い」にしろ本来は「神仏への感謝」、ひいては「神仏の御意向(導き)に従います」との気持ちを表すために行われていたと思われます。

神仏は日頃から人間に対して自然の恵みを与え、加護や導きを行っています。そのことに感謝もしない人間が、自らの我欲実現ばかりを願うことに神仏は「我々の加護や導きに不満でもあるのか、きちんと感謝して導きにも従うように!」とお怒りかもしれません。
世の中の不幸は人間が神仏の導きを素直に受け入れないことに原因があるともいえます。エゴ(自我)が強いと自分ばかりに目が向いているので神仏の導きに気づくことができません。

お遍路では札所参拝しますが、お寺は仏さまの日頃の御加護への感謝を基本とした上で、仏さまの教えや導きを得てそれに従うことを表明する場と考えた方が良さそうです。これが自然の摂理に則して生きることにつながります。そして読経はこれらの効果を高めるものとなります。

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